昭和44年09月24日 朝の御理解



 御理解 第38節
 「垢離を取るというが、体の垢離を取るよりも、心のこりを取って信心せよ。」

 心の垢離を取って信心せよ、こりを積む、シコリが残るとか、肩がこるとかとこう申します。シコリとか、こりとか、肩がこるとか、又は水ごりを取ると云った様な事も申しますね、修行お水をかぶる、水ごりをとる、是は体の上においても、矢張り肩がこると云った様な事は矢張り難儀なことです。ですからこったらそれを揉みほぐさなければなりません。ように矢張り心の上にも垢離を積む、心にシコリが残る。
 それを思うと情けなかったり、それを思うと腹が立ったりする、ね、心に垢離を積んでいるからです。そこで勿論、体の垢離もですけれどもここではね、「心の垢離を取って信心せよ」と仰せられる。心の垢離を取って信心せよ。心に垢離があっては信心がしにくい、信心が進まない。三井教会の初代教会長荒巻弓次郎先生がご本部での修行を終えられて、いよいよ帰られるという、前日、前の晩から奥城に出られましてね。
 教祖の神様の奥城の前に出られて一晩中御祈念をなさる。是から帰らせて頂いて、言わば布教においでにならなければならないのに、どういう信心を持って布教に出らして頂こうかと云う事を、一心にお願いされておったら、神様から頂いておられるのが「こりを積ますな、こりを積むな身を慎め」と教えられた、神様から。「こりを積ますな、こりを積むな身を慎め。」もうそれは本当にその事に一生懸命になっておられたのであろうと、是は私どもは子供心にですね。
 初代の親先生の御信心ぶりというものを、見せて頂いておりましたが本当にそう云う事に、もうその事に打込んでおられたのではなかろうかと、思われる位に円満なお方でしたですね。人にこりを積ませられる様な事は、先ずなかった様な感じですね、人にこりを積ませないと云う事に、精進された様な感じの先生でしたですね、けれどもこな自分でこりを積まんと云う事においてはですね。
 矢張り色々修行なさった様に思います。こりを積まんそれは先生の布教中の事を、ずっと手控えになさっておられます手帳があるんです、ずっとこのメモをしておられますねえ、いろんな信心の事を、沢山色々書いておられますがね、その中に沢山出て来るんです、大変な矢張り難儀な問題、それによって、矢張りこりを積んでおられる、それでそれをこりをほぐす事に、一生懸命になっておられる様な事が御座います。
 もう命懸けでそのことに一生懸命になっとられる、ご修行の痕が感じられます。そこで私は思うのですけれども、こりを積ませないと云う事においては円満なお方でしたし、それにこりを積ませちゃならんと、思われるから家族の方にでも信者にでも、こりを積ませなさる大きな声でも出されると、言う様な事は先ずなかったです、私達が知っておる限り。もう本当に、若先生という感じですね。
 けれども、こりを積むと云う事においては、矢張り様々な問題が起きると、それによってこりを積まれたんですね、御自身がそれで、それを揉み解す事に、もう本当に命でも断とうと言う様な事までなさったですよね。丁度御本部の御造営前の、桂先生が発願されました御造営の時なんかは、もうそれこそ桂先生が木曾山中に入って伐採し献木をなさる訳ですよね。久留米の初代、又は、甘木の初代当りを引き連れて木曾山中に入られる、どんどん材木を買わなければならんのですから。
 お金がいくらあっても足らん、そこで自分の九州中のあっちこっちにある出社にもう、それこそ矢のつけ火のつけ電報がくる、「〇送れ」「〇送れ」といういわゆる電報なんです。布教当初の事ではあるし早々には中々送られない、その様な事からもう大変なこりを積まれた様ですね。その為にとうとうもうそれが出来ずにと云うか、あまりにそのいわゆる献納金ですね、お供えの方に一生懸命になられるもんですから。北野に行って借りておられる、教会は借家だ、その家主さんに対しての家賃が滞る様になった。
 それを来月の催促を受けられる時に、矢張りこりを積まれた。それで或る時とうとうもう是はこういう御用も本当に出来んし、又は家賃も払えない様な事では神様に対しても相済まん、是は自分のもう自分が命を絶って、神様に申しわけしよう」という、まあいかにも自殺と言った様な事では。又神様の顔に泥を塗るから、食べずに死んだんならば、病気で死んだ様にしか皆は思うまいから、もう食べまいと心に決められた。
 そういう激しい修行をなさっておられる、ある御祈念をなさられる時にです「宮川の池辺の家にいけ」というお知らせを受けられた。今の池辺元星野教会長であります、池辺先生のお父様にあたられますでしょうね、今もその跡が御座います、宮川の池辺川、あちらにある善導寺にお参りする信者が随分当時多かった。それでもうそれこそ精も根も尽き果てた様な状態で、宮川の池辺さんの処をお尋ねされますと。
 池辺さんが大変に歓待された。「どうしたなら先生にお出で頂こうか、とにかくまあさあ早くお上がり下さい、折角先生に来て頂いたのですから、宮川のご信者さんにも振れ回わして何か一口お話でもして下さい、信者さん方を皆集めますから」というて、信者さん方にずっと呼んで回られた。家ではかしわ鶏でも殺してですねおご馳走された。先生も歓待してくれるもんですから、そう云う事になられた訳ですけれども。
 最後に実は今日はね、神様からこうこうとその顛末を話された。「それで実は私しは本当に命を絶って、神様に申し訳しようと思うて、こうこうだったと言う話をされるとです「そういう大変な事をどうして私共に言うて下さいませんでしたか、そりゃ先生その事は私共がなんとか致しますから、」と言うて先生を労われた。そしておご馳走でも作ってから宮川中の御信者さんで、また北野にお送りしたと云う事がご伝記のなかに控えてあります。「その時の池辺親子の親切は一生忘れん」と書いてありますですね。
 その時の池辺親子の親切は一生忘れない、そういうご修行をなさった事ではありますけれども、矢張りそのいうなれば、心の大きい人ち言うと、私共の様に横着ものだったら、その位の事は問題にしなかったでしょうね、恐らく「出来んもんなしょうがありませんよ先生、出来るだけお供えしますばってんが」というたに違いない。その先生が中々この円満の方であった。まあいうならば神経が大きくなかった訳ですね。
 悪く言うと横着でなかった、私共の様に横着者だったら、その様な事はもう、問題にはしなかったでしょうね、そう云う事がこりを積む事になり、自分の命までも絶とうとなさる程しの事になったんです。そこでなら、是を例えば、久留米の初代石橋松次郎に頂きますと、これは又スケールがちよっと違う。三代金光様をして、「久留米の石橋さんこそ真の人でしょう」とこう言われた。
 出過ぎもせず引っ込み過ぎもせず、久留米の石橋さんこそ真の人だろう」と金光様が仰しゃったという程しに大変な大人格の方であったですね。私共もよく存じ上げている、そりゃ大変な先生でした。なんと言うでしょうかね、それこそ豊な何時も春の海を思わせる様なお方でした。だからこそあれ程しの御比礼、あれ程しの人が沢山助かったんですけれどもね、こりを積ませないと云う事もさる事ながら。
 こりを積まないと云う事ここでは「垢離を取って信心せよ。」とこうおおせられますが、こりを取る前にです、こりを積まんで済むおかげを受けると云う事です。そういう意味で久留米の初代は、こりを積まれなかった、積ませないこともでしょうけれども、ご自身がその事を全然問題になさらなかった。そこはどこにそういう相違があるかと云う事で御座います。私共の信心とね、久留米の初代はそう云う事をことによってこりを積む様なことをなさらなかった。
 それはどういう処にその開きがあるかと申しますとね、神様に言うならばぶら下がった信心、神様にぶら下がっての信心と、神様にもう本気でぶら下がるのではなくてです、もうおんぶした様な信心と申しましょうかね、とにかくぶら下がった信心ではないと云う事です。やっとかっとの信心じゃあないと云う事です。おかげを頂かなんから修行しよると、言った様なケチな信心でないと言うのです、おかげば頂かにゃならんけんこげな修行しよる、是がぶら下がった信心です。
 ですからぶら下がった者もきついなら、ぶら下がれた方もきついです、そうでしょうが、神様にもきつい思いをさせるなら、自分もきついです。もう手がぶっ切れようごたる、ぶらさがっとるけん。そこで例えば三八節の、三七節に「生きておる間は修行中じゃ」というお言葉がありますね。生きて居る間は修行中じゃと、そこでですねまあ「一生がこの世は苦の世、苦の世界」とお釈迦様が仰った様に。
 人間は一生矢張り苦労が伴うもんだと、そういう考えで言わば苦労しておりますからです、思いが暗い思いをしなければならん。ゆとりがない、本当に苦労いっぱしである、本当によう一生懸命働く人があります、それを自分では働くと云うことと同時に、矢張り苦労だと思っております、何時になったら楽になるだろうか、何時になったら楽になるだろうかと思うとる。
 苦労ですけれどもです、そこに自分の思いというものをひとつ変えてです、「生きておる間は修行中じゃ」と仰るから、もうそれを苦労とせずに修行とこう頂くのです。昨日からの御理解じゃないけれども、目が覚めたら嬉しゅう成る様な一日でありたい。「今日もまた朝の御祈念にお参りが出来るぞ、今朝も修行させて頂くぞ」今日一日どう言う様な問題が起きるか解らんけれども、もう全てが修行だと頂き切っておる。
 苦労がない様に、苦労が無い様にと苦労を抜けてばっかり通りよるから、苦労が起きて来るとそれがきつい、そういう信心を私は今日はぶら下がった信心とこう。けれどもそれを修行として頂くなら、こちらが求めてする事なんですからね修行というのは。同じ苦労であっても、その点久留米の初代はそこん所をどう頂いておられるかというとですね、「天地神明に不足を云わず」と仰っておられます。
 もう天地神明に不足を云わない事に決込んでおられるんです。「どういう問題が起きて参りましても、天地神明に懸けて不足を云う様な事はもう致しません、どう云う事が起きて来てもそれを修行として受けます。」といういわゆる信心姿勢というか、信心態度というものを決めておられます。ですから、結局こりを積むと云う事がないでしょうがひとつも。一生懸命苦労さして頂いておる。
 言うならば、朝から晩まで一生懸命働いておる、まあ修行と思とります位では遺憾ですね、いかんです。本当にそれを修行として、有難く頂き切らないとだめ、だからちよっと突付かれるともう情けなくなる、それだけで一杯なもんですから。だから始から天地神明に不足を言わずと云う事の、言わばどうせ一生が苦労であるならば、それを苦労とせずに、一生が修行とさして頂こうという、私は信心をさせて頂く処からです。
 現在させて頂いている修行に、又どういう例えば問題が起きてきても、ドッコイとそれをまた受ける力があるんです、もうそれこそ、踏んだり身を切られたごとある、泣き面に蜂のごとあるというてです、その修行が重なるとそういう風な表現をする、それじゃあいかん。そのそれを修行として、私が頂く時にです元気が出る、元気が出るというよりもむしろ、そういう目が覚めたら嬉しい。
 目が覚めた事が嬉しいと言う様な信心だったらですね、それを嬉しゅう言わば元気な心で受けていける、ドッコイというその受け方が違う、是をぶらさがった信心ではないと今日私は頂いております。お互いの信心がどう云う事になっているでしょうか、私は何時も是を思うんですけれども初代がなさった今言うその「垢離を積ますな、こりを積むな」と云う事は是は大変難しい事なんですけれどもね。
 こりを積ませないと云う事は難しい。例えば私がお話を致しましょう、そすとそれで腹立てる人がある、先生が私に当て付けらっしゃったとこう、云うなら仕様が無いですもん、当て付けとらんでも、もう私の話しを聞いてその人は垢離を積んだ訳なんです。ですからこりを積ませないと云う事は非常に難しい、私にとっては。「椛目の大坪さんがこげん云うた」と言うていろんな問題が昔ありました。
 こちらが良かれかしと思うて言った事がそれが「大坪さんがこう云うた」と言って相手はこりを積んで御座る。大坪さんからこう云われたと言うて例えば夜も寝られざった、と云ってこりを積んでおる。私はその人に根性の悪い事を云った事でもなからなければ、( ? )ひとっもない、私はそう思うとりますよと云うただけの事、相手が大坪さんからああ云われた二晩も眠られじゃった。
 まあ後から聞いた話ですけれども、だから垢離を積ませないと云う事は実に難しいと云う事が分かりますけどね、私にとってはですよ。三井教会の初代なんかは、こりを積ませない事が拝みやすくあられた様ですね、円満不思議な方でしたから、但しこりを積むと云う事においては、矢張り何時も揉みほぐしておられたという感じです。私の場合は反対、こりはやっぱり積ませ様とは思わん、けれどもこりを積んでおる。
 家内なんかは何時もこりを積んでおる、私が云う事を。家内が憎いからいうのじゃないばってん、相手の方は、あなたばっかりゃ、私をもの言う時は睨みつけて云うてから、と言う様な事に成って来る訳なんです。そげん睨みつけて云いよる風じゃなか、と思いよるばってんやっぱ睨みつけてお話しよるとじゃろう、それで家内が云います、憎むだんじゃなか可愛いんですけれども、まあそう云う事に成って来る。
 けれどもねこりを積まないと云う事は、あたしゃ自分でも有難いなと思う程しにこりを積みません。どういう問題が起きてまいりましてもどう人から云われましても、バカと言われても、乞食じゃと言われても、泥棒のごたる奴じゃと云われても、私はひとつもおかげを頂いてこりを積まんで済む、いわゆる揉み解す必要が無い、こりを積まないから。そんなら私が大きな心かと云うと、そんな事を平気で受け流していけれる程しに、大きな心でもないのですけれどもです。
 私の生き方がいわゆる石橋先生の「天地神明に不足を云わず」と云う事とまあよく似ておりますよね。成り行きを大切にして行くと云う事を、私の信心の信条にしておりますから。どう云う成り行きになりましてもです、それを自分の信心だと頂き切って行ますから、こりを積む事がない訳なんですよね。だから人が、本当馬鹿じゃなかろうかと言うて、笑う様な場合であっても、私はひとつも馬鹿にされてるとは思わない。
 いやされてると思うても腹が立たない、是はもう本気でですね、そういう自然に起きて来る、例えば問題なんかをそのまま、有難く頂かせて貰う修行をさせて頂こうともう思い込んでおるからです。どう云う事の自体がどういう問題に発展してい来ましてもです、それを神様のご神意だご都合だとして居た台ておりますから、こりを積まんで済む、こりを積まんで済むから私はおかげを受けておると思うです自分で。
 「垢離をとるというが体のこりを取るより、心の垢離を取って信心せよ。」と心のこりを取る必要が無い程しの心で信心をしているから信心が進んでいかない筈がない。人は垢離を取る事に骨を折りよるです、又はこりを積んだまま、いかに信心をした所で、それでよい信心が育つ筈がありません。久留米の初代、又は三井教会の初代の信心を、例に引いての今日は御理解で御座いましたね。
 人間は一生が修行じゃと仰せられるんですから、どうせ苦労しなければならないものならばね、それをやっとかっと受けて行くと、言った様な修行ではもう修行ではなくて苦労です。そういう心で縋る、是は神様にぶら下って信心して行きよる様なものです、神様がきついならば、こっちもきつい。もういよいよの時はもう手ば離そうごと成って来る、信心まで落としてしまう。それよりもですね。
 もうそれこそ本気で神様におんぶされたら、神様も楽に負う下さる、こっちもおんぶされてますから楽、いわゆる、任せ切った信心させて貰う。天地神明に不足を云わんと、例えば思い込ませて頂くというかね。そういう信心からね愈々良い信心が、「こりを取って信心せよ。」と仰せられるが、こりを積んだまま信心してもダメだ。こりがあるなら先ずこりを揉み解かして貰う。どこに間違いがありゃ、こんなこりがこらなければならん、どうしてこの事がこの様にも引っ掛かるかを、苦しいかと云う事をです。
先ず揉み解して信心に掛からなければならんが。それよりももう一つこりを、摘まんで済む生き方がある、どんな場合でであっても、こりを積まんですむ生き方がある。そういうこりを積まんでの信心であるならば、是は信心が進まんはずがない。それこそ日々が嬉しゅうなる楽しゅうなる。そこには勿体無い程しのおかげが頂ける事を私は信じます。今日は久留米の、今申します石橋先生が久留米に布教されました。
 開教記念式が久留米で行なわれます記念式だけは私が、普通の大祭には若先生が何時もおかげを頂きますから、記念式だけは何時も私がおかげを頂く事にしております。久留米に金光教という信心が、初めて始められた時に、私の方の叔母にあたります、田川郡の方に縁ずきましたその叔母が一番始にご神縁を頂いた、そしてもうびっくりして帰って来た事は、もうとにかくその先生の素晴らしさにもう一目惚れして帰って来た。
 そして私の方家の婆ですね婆にお導きをし、隣にいます叔父叔母にお導きをして、私の信心が金光様の信心が伝わってまいっとります、だからもし石橋先生が居られなかったらね合楽の信心はなかったかもしれません。そういう意味でですねそういう今日は久留米に御道が開かれた記念の式典が久留米教会で御座います。今日は十時半のお祭りですから、私おかげ頂きたいと思います。もしおかげを頂かれる方があったら同道いたします。
   どうぞおかげ頂かれますように。